地位財を手放すだけで一気に幸福感が上がる。
というのは有名な話。
ちゃちゃっと地位財への憧れを捨てちゃいましょう!!
コロナ自粛などでストレスの多い時代だからこそ、自分の周りに転がっている小さな幸せを見つけることは大切。非地位財は持続性の高い幸福感を与えてくれますよ!
・日常に消耗している若手サラリーマン
そもそも地位財・非地位財って
周囲との比較で満足を得るものが「地位財」、他人との比較とは関係なく幸せが得られるものが「非地位財」。
地位財の代表的なものは
- 所得
- 社会的地位(肩書や役職)
- 家
- クルマ
などなど。
一方非地位財は
- 健康
- 居心地のよい環境
- 愛情
- 自由
などが考えられると思います。
地位材を手放すべき理由
地位財と非地位財のどちらも大切だと思いますが、非地位財を重視したほうが圧倒的に幸福度は上がりそうってのは間違いないですよね。
主な理由は二つあって、
- 地位財の追及は終わりなき戦いへの入り口になるから
- 非地位財を充実させた方が簡単に幸せになれるから
地位財の追及は終わりなき戦いへの入り口になるから
例えば、地位財の代表選手「所得(お金)」への執着が強いと大変なことになります。
はじめは学生時代の友人との比較から始まっていた「自己満競争大会」はどんどんとヒートアップしていき、一生終わることはありません。お金というカテゴリーで圧倒的満足を得るためには、日本ではユニクロ柳井社長、世界ではアマゾンのジェフ・ベゾスを倒さなくてはいけないからです。そんなのムリですよね。
これはちょっと極端な例ですが、車などを例にとっても本質は同じです。
皆さんが一生懸命貯金をしてようやくレクサスを購入したとしましょう。「かっこいい!頑張った自分!」と幸せを感じることができると思います。しかし、ある日突然ロールスロイスに乗った超お金持ちが隣に引っ越してきたとしたら、、
最初に感じていたのと同じだけの幸福感を維持できるでしょうか。けっこう厳しそうですよね。。
※もちろん個人差はあります。「車が大好き!生き甲斐!」って方は問題ないです。あくまで傾向の話ですね。
非地位財を充実させた方が簡単に幸せになれるから
その一方で非地位財のありがたみを意識し始めると意外と簡単に幸せになれちゃいます。
もう一度非地位財の例を確認すると、
- 健康
- 居心地のよい環境
- 愛情
- 自由
とかですね。
ここで冷静に考えていただきたいのですが、「心身ともに健康で、週末には友人や恋人と一緒に過ごす自由がある」ってめちゃくちゃ幸せですよね。
日本という恵まれた環境に生まれた限り、「幸せ」ってそこまで難しいことではない気がしてきます。
しかし多くの人が地位財ばかりに気をとられていて、日本人は実態よりも幸福度が低いような。。
たとえば2020年度の東大入試ではこんな文章が登場しています。
人間は常に他者と自分を比較しながら生きる、そして比較は必然的に優劣をつける。民主主義社会では人間に本質的な差異はないとされる。だからこそ人はお互いに比べあい、小さな格差に悩む。そして自らの劣等性を否認するために、社会の不公平を糾弾する。〈外部〉を捨て去り、優劣の根拠を個人の〈内部〉に押し込めようと謀る時、必然的に起こる防衛反応だ。
(小坂井敏晶『神の亡霊』より /東京大学2020年度現代文入試問題)
「近代発展を支えた民主主義社会は、実は不平等(小さな格差)を正当化することで成立している。だから皆知らず知らずのうちに他との比較ばかりをしながら生きている。」みたいな主張ですね。
まさに日本の実態を表現している文章だと思いました。
貧富の格差がゼロになることは社会の構造的にも不可能です。繰り返しになりますが、自分の幸せの尺度は別で持っておいた方がよさそうですね。
たとえばブータン人の幸福度が高いことは超絶有名ですが、これは「精神的な豊かさ」を重んじているからってのは間違いのない事実だと思います。
周りを見渡してみて、「不毛な争いをしているな~。大変そうだな~」と感じることができたら、自分だけはその争いから離脱しちゃいましょう。(知人とのマウントの取り合いとか)
こういう考えを持つようになると、日常のストレスは一気に減ってイージーモードに入ります。
人生では考え方がめちゃくちゃ大切です。
さいごに
以上!幸せへの近道は「地位財を手放して非地位財を充実させていくこと」でした。
しかしながら非地位財の充実のためにも、ある程度のお金が必要であることは言うまでもありません。
お金が重要なのはもちろんですが、そればかりに捉われすぎず「非地位財がもっと大事!」という考えを持って過ごせると良いですね!!